今も残る「椿山」の名、その場所にあるのは?【今日の名所江戸百景 by 村上隆】

May 16, 2026 | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. 村上隆が歌川広重の「名所江戸百景」をオマージュしたシリーズを毎週末に紹介する連載【今日の名所江戸百景 by 村上隆】。西洋の画家たちに「認知革命」を引き起こした日本美術の衝撃を村上隆が読み解きます。 ⚫︎ せき口上水端はせ…
May 16, 2026 | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
村上隆が歌川広重の「名所江戸百景」をオマージュしたシリーズを毎週末に紹介する連載【今日の名所江戸百景 by 村上隆】。西洋の画家たちに「認知革命」を引き起こした日本美術の衝撃を村上隆が読み解きます。
⚫︎ せき口上水端はせを庵椿やま
蛇行する川のほとりを人々が散歩しています。川は幕府が作った人工の「神田上水」です。井の頭池を水源とし、下流にある関口の大堰で水位を上昇させていました。画面右には〈芭蕉庵〉が建っています。松尾芭蕉は神田上水の改修工事に携わっていたことがありました。延宝5年(1677年)から8年(1680年)にかけて伊賀上野の藤堂家が上水の改修にあたっていたことがあり、同じ伊賀上野出身の芭蕉も工事を手伝うことになったのです。〈芭蕉庵〉は芭蕉五十年忌を記念して弟子たちが建てたもの。あわせて「さみだれ塚」を建立、「五月雨に 隠れぬものよ 瀬田の橋」という芭蕉の短冊を埋めて墓としたと伝えられます。
〈芭蕉庵〉がある小高い山は椿が多いことから「椿山」と呼ばれていました。この絵に描かれているのは桜ですが、この「椿山」の名を受け継いだのが、山縣有朋が全体計画や細部の意匠を指導した庭園・椿山荘です。現在は 〈ホテル椿山荘東京〉 となっており、元の地形を活かした美しい庭が広がっています。近くには丹下健三設計の〈東京カテドラル聖マリア大聖堂〉があります。〈芭蕉庵〉は何度か火災に遭い、現在のものは戦後に建て替えられたものですが、〈ホテル椿山荘東京〉の美しい庭とあわせて当時の面影を伝えてくれます。
《Hiroshige’s 100 Famous Views of Edo: Japonisme Reconsidered(広重名所江戸百景:ジャポニスム再考)》
2024年、〈ブルックリン美術館〉所蔵の歌川広重最晩年の作「名所江戸百景」(1856年〜58年)が24年ぶりに開帳されたことをきっかけに制作・展示された、村上隆によるオマージュ作品。その翌年に開かれた『JAPONISME→Cognitive Revolution: Learning from Hiroshige』展(2025年、Gagosian)では浮世絵に影響を受けたモネやゴッホなど印象派作品の模写も合わせて展示。『村上隆と村上ハウス』(2025年、マガジンハウス博)では「名所江戸百景」118点とゴッホの模写2点を写した計120点の版画作品が展示された。村上作品はジャポニスムの再考を試みるもの。ジャポニスムとは、1867年のパリ万博をきっかけに浮世絵をはじめとする日本美術がヨーロッパで一大ブームとなり、抽象芸術などその後の近現代美術の起点の一つとなったムーブメントだ。村上は日本美術の空間把握や構成が西洋の画家たちに「認知革命」を引き起こしたという。【今日の名所江戸百景 by 村上隆】ではその120点を毎週末に紹介していきます。
監修:太田梨紗子
おおた りさこ 日本美術史学研究者。神戸大学大学院博士課程在籍。専門分野は近世・近代京都画壇。特に伊藤若冲の版画研究。時代劇衣裳の研究も行う。2024年度〈京都市京セラ美術館〉の村上隆展の際に作家と知り合う。以後、〈クリーブランド美術館〉の個展など、展覧会作品制作の為のリサーチを務める。京都生まれ京都育ちで、葵祭第59代斎王代を担うなど京都の祭礼や伝統文化と縁深いが、東京のことは何も知らないため、広重研究で頑張って東京を学ぼうとしている。
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